おだやか読書日記

ミステリとかファンタジーとか

レックス・スタウト『編集者を殺せ』(ハヤカワ・ミステリ)

仕事の多忙と体調不良で本が全く読めなかった期間が長かったので、あまり重すぎない古典ミステリを読みました。ものはネロ・ウルフシリーズの長編作品。

 ウルフとはライバル関係のクレイマー警部がある事件の被害者宅にあった名前を羅列したメモについて意見を訊きたいと、珍しくウルフの事務所にやってきます。その六週間後、出版社に勤める娘をひき逃げで殺された男性が依頼にやってきて、娘が書いた手紙を見たウルフはクレイマーの持っていたメモに載っていた名前の男に殺された娘が雇われていたことを指摘します。アーチーがその男を追って行動していると、先回りされたかのように第三の殺人を目の当たりにしてしまう。

 

 幻の小説の原稿を巡るビブリオミステリといえる作品で、それだけでもワクワクする設定ですがミステリとしても十分楽しめる内容でした。

 小説の原稿というかすかな繋がりはあるものの、はっきりとした犯人像が浮かびません。そこでアーチーがとった行動ががまさにアーチーらしさ全開の思い切った作戦の数々。これらがウルフの推理の糧となりミステリとして魅力的なラストへと導かれます。

 また何といってもこのシリーズの魅力はレギュラーキャラクターのイキイキとした描写。ウルフ、アーチーの他、ウルフが雇っている私立探偵たち、ライバルのクレイマー警部、そして謎解きには関わりませんがウルフの専属料理人フリッツ。彼らの掛け合いが楽しく、これが目的で読んでいるといっても過言ではありません。

 

 

出久根達郎『出久根達郎の古本屋小説集』(ちくま文庫)

収録作品

古本屋のにおい

「猫じゃ猫じゃ」

「カーテンのにおい」

「書棚の隅っこ」

古本をあきなう

「おやじの値段」

「腹中石」

紙魚たりし」

「背広」

「セドリ」

「えっぽどのこと」

思い出のページ

「本の家」

「焼き芋のぬくもり」

「金次郎の愛読書」

「江戸っ子」

「住吉さま」

「親父たち」

本の劇場

「そつじながら」

「赤い鳩」

「饅頭そうだ」

送り火ちらほら」

最後の本

「シオリ」

「雪」

「東京駅の蟻」

「無明の蝶」

 古本屋小説というのが面白そうで手に取った一冊です。恥かしながら作者の名前は初めて知りました。なんと直木賞まで受賞されている方だとは。さらに、元々古書店主ということで古書店の用語や日常、古本の蘊蓄なども満載でした。

 そして内容ですがとっても面白かったです。古書店や古本がテーマのものばかりなのに、エッセイのような私小説風の作品、ちょっと不思議な話や怖い話、思わず笑ってしまう話、ミステリっぽい話など、バラエティ豊かな傑作集となっていました。

 好みを挙げればキリがありませんが、「そつじながら」「赤い鳩」はミステリの要素を含んだ作品で、とりわけ楽しめました。特に前者は往復書簡で構成された作品で、上質な犯罪小説です。

 『貧乏の研究』という十年以上売れない古本が主人公の「書棚の隅っこ」、小噺のような「おやじの値段」は古本をテーマにほっこりして笑えるお話でこちらも面白かったです。

 

 書店で何気なく手に取った本がこんなにも面白かったのは久しぶりかもしれません。普段本の購入はネットを利用するのですが、実際に書店に赴きこういう出会いがあると嬉しくなりますね。

 

 

一穂ミチ『スモールワールズ』(講談社文庫)

収録作品

ネオンテトラ

「魔王の帰還

「ピクニック」

「花うた」

「愛を適量」

式日

「スモールスパークス(あとがきにかえて)」

 ネットの紹介で気になっていた一冊。普段あまり読まないタイプの作家さんなので自分に合うか少々不安だったのですが、買ってよかった!読んでよかった!いやぁ、とても面白かったです。個人的ベストは「魔王の帰還」。次いで「花うた」、「愛を適量」。「ピクニック」も捨てがたい。

 「魔王の帰還」は身長190センチ近い体格の良さと岡山弁が強烈なインパクトを放つ姉・真央が、秘密を抱え出戻ってきたところから始まるお話で、高校生の弟の視点から語られます。姉のキャラクターが大好きで、弟の心の声による突っ込みにも思わず笑い、明るく爽やかな青春小説としても最高でした。

 「花うた」は書簡体形式の短編で、唯一の肉親であった兄を失った深雪と、深雪の兄の命を奪った過失致死傷で服役している秋生による手紙のやり取りで物語が進みます。深雪にとって憎しみの対象でしかない秋生とのやり取りが、長い時をを経てまさかこんな展開をみせるとは。

 「愛を適量」では、中年教師の代わり映えしない生活が、長年会っていなかった子供との再会によって、少しづつ変化してゆきます。愛には適量がある。しかし、適量じゃなくてもいい時もある。そんなラストにジーンとしました。

 「ピクニック」は母、娘、その夫、夫の両親、生まれて半年の娘と夫の子供がピクニックをしている、いかにも幸せそうな場面から始まります。しかしここに至るまでこの家族は想像を超える苦難を乗り越えてきました。その苦難とは。という物語で、ミステリが好きな読者にも刺さる一編だと思いました。ラストは感動的でもありますが、語り手の切望はある意味ゾッとさせますね。

 

 いずれの物語も、登場人物たちの葛藤や悩み、共感できる思いの描き方が非常に巧みで、うまく言葉にできない様々な思いを代弁してくれているような感情表現が素晴らしかったです。

 

泡坂妻夫『11枚のとらんぷ』(創元推理文庫)

あらすじ

 アマチュア奇術クラブがショーのラストに披露した〈人形の家〉。その仕掛けから飛び出すはずの女性が姿を消し、その後マンションの自室で撲殺死体となって発見された。その死体の周りには、同じクラブ員の鹿川が著した奇術小説集『11枚のとらんぷ』で使用されている小道具が毀された状態で散乱していた。

 奇術師としても活躍していた作者だからこそ書くことのできた奇術×ミステリの傑作でした。

 本書は三部構成になっていて、第Ⅰ部ではマジキクラブによるショーから死体発見まで、第Ⅱ部は作中作の『11枚のとらんぷ』、第Ⅲ部では世界国際奇術家会議へと舞台を移し解決編となります。

 第Ⅰ部では奇術クラブの特徴的なメンバーによる奇術ショーがコミカルに描かれ、ドタバタコメディの味わいが楽しめました。この部分を読む限り軽い読み味のミステリなのかなと思いきや、第Ⅱ部が凄かった。これだけでも奇術をテーマにした日常の謎の短編集として楽しめるうえ、第Ⅲ部の解決編を読むと、第Ⅱ部のいたるところに殺人事件の真相を導き出す伏線が存在していたことに気づかされます。

 キャラクター、構成、トリック、伏線回収、そしてどんでん返し。ミステリとしての魅力がこれでもかと詰め込まれた傑作なのでこれはめちゃくちゃおススメ。

 

 そういえば、亜愛一郎シリーズや『煙の殺意』などの短編集は読んだことがあるけど、長編は初めて読んだかも。まだ多くは読んでいないけど、今のところ泡坂作品に外れは一つもありません。そうそう、本書には亜愛一郎シリーズでおなじみのあの老婦人が登場していて、思わずニヤリとしました。

 

 

購入本 2/29

今月の購入本まとめ(新刊購入のみ、読了本込み)

 

ヴィヴィアン・コンロイ『プロヴァンス邸の殺人』(ハーパーBOOKS)

ホレス・マッコイ『屍衣にポケットはない』(新潮文庫

ジョン・バカン『三十九階段』(東京創元社

フランク・グルーバー『レザー・デュークの秘密』(論創海外ミステリ)

マイケル・ホーム『奇妙な捕虜』(論創海外ミステリ)

馬伯庸『両京十五日1 凶兆』(ハヤカワ・ミステリ)

はやみねかおる『少年名探偵 虹北恭助の新冒険』(星海社FICTIONS)

アガサ・クリスティ『二人で探偵を』(創元推理文庫

辻真先『本格・結婚殺人事件』(創元推理文庫

アヴラム・デイヴィッドスンエステルハージ博士の事件簿』(河出文庫

島田荘司『網走発遙かなり』(講談社文庫)

桃野雑派『老虎残夢』(講談社文庫)

リン・ブロック『ゴア大佐の推理』(仙仁堂)

芦辺拓江戸川乱歩『乱歩殺人事件 「悪霊」ふたたび』(角川書店

山本周五郎『火の杯』(角川文庫)

ルー・バーニー『7月のダークライド』(ハーパーBOOKS)

若竹七海『パラダイス・ガーデンの喪失』(光文社文庫

白川尚史『ファラオの密室』(宝島社)

ラッセル・カーク『幽霊のはなし』(彩流社

ローラ・パーセル『象られた闇』(早川書房

アレックス・マイクリーディーズ『ザ・メイデンズ ギリシャ悲劇の殺人』(ハヤカワ・ミステリ文庫)

北山猛邦『天の川の舟乗り 名探偵音野順の事件簿』(創元推理文庫

山本巧次『災厄の宿』(集英社文庫

飛鳥部勝則『殉教カテリナ車輪』(創元推理文庫

ジョージ・ランドルフ・チェスター『一攫千金のウォリングフォード』(ヒラヤマ探偵文庫)

 

cavabooks.thebase.in

森川智喜『動くはずのない死体 森川智喜短編集』(光文社)

収録作品

「幸せという小鳥たち、希望という鳴き声」

「フーダニット・リセプション 名探偵粍島桁郎、虫に食われる」

「動くはずのない死体」

「悪運が来たりて笛を吹く」

「ロックトルーム・ブギーマン

 どれ一つとして同じような話はなく、様々な趣向を凝らした本格ミステリ短編集でした。

 お気に入りは「フーダニット・リセプション 名探偵粍島桁郎、虫に食われる」、「動くはずのない死体」、「ロックトルーム・ブギーマン」。

 「フーダニット・リセプション 名探偵粍島桁郎、虫に食われる」は、2人の高校生が誤ってコーヒーをこぼしてしまったミステリ作家の原稿を推理によって復元してゆくお話。このシチュエーション、ロジカルに埋められてゆく原稿、とても楽しめました。

 「動くはずのない死体」は、はずみで夫を殺してしまった妻が、目を離した隙にどう考えても夫の死体が動いたとしか思えない状況を考えるお話。不可解で魅力的な謎が、論理的に、尚且つあっと驚く手法で解決されてゆき、見事に騙されました。

 「ロックトルーム・ブギーマン」は、どんな場所でも瞬間移動ができるブギーマンという種族が犯した密室殺人の謎を巡るお話。個人的にはこれがベストでした。前提として、この世界ではブギーマンの存在は認知されていません。一方、主人公の警官はブギーマンと人間のハーフであり、冒頭で犯人のブギーマンによって自分が犯人であること告げられています。特殊設定ミステリとしても楽しめますが、密室の謎、犯人がブギーマンであることという結論が出ているにもかかわらず、そこから解かれるべき謎の部分が生じ、論理的な展開が続いてゆくという、非常にオリジナリティーに溢れた本格ミステリです。

 

 全体を通して唯一無二の味わいが楽しめる本格ミステリでとても面白かったです。

 

 

ヴィヴィアン・コンロイ『プロヴァンス邸の殺人』(ハーパーBOOKS)

あらすじ

 1930年、スイスで寄宿学校の音楽教師をしているアタランテは、疎遠だったパリ在住の祖父が亡くなったことで莫大な遺産と館を受け継ぐことになった。しかし相続にあたり、祖父が秘密裏に続けていた探偵業を引き継ぐという条件が付されていた。

 引っ越しを済ませたアタランテの許に早速ひとりの依頼人が現れる。伯爵との結婚を控えた依頼人は、伯爵の前妻の死は事故死ではないという警告の手紙を受け、真実を調べてほしいという。アタランテは身分を隠し、依頼人とともに披露宴が行われる南フランスの伯爵邸へ向かうが、そこには一癖も二癖もある招待客や親族ばかり。さらに地所内で密猟者の刺殺体が発見されてしまう。

 あらすじからも想像できるかと思いますが、コージー色のあるミステリ作品です。主人公であるアタランテが祖父の遺した言葉を胸に初めての探偵業に挑むわけですが、コージーミステリに有りがちな素人探偵によるヘマがあまり見られず、信用できそうな人、魅力的な人に対しても一線を引いて身分を明かさず情報を引き出したり、元々難しい年ごろの令嬢たちと接してきた音楽教師の経験から、相手の心情を慮りつつ仕事を進めるので、自らがトラブルメーカーにならないというところが好印象でした。一方で、依頼人を含めた屋敷の登場人物たちはかなり癖のある人物ばかりで、人間関係のドロドロとした部分などが緻密に描かれています。

 ミステリとしては序盤に男の刺殺体が発見されるものの、その後の展開は人間関係や心理についてじっくりと描かれてゆくので人によってはじれったさを感じてしまうかもしれませんが、個人的には読みごたえのある作品でした。いわゆる動機の謎を占める部分が大きいホワイダニットとして楽しめます。

 このシリーズは現在二巻まで刊行されているようで、続編も楽しみにしたいと思います。